昭和56年8月18日 月次祭



 今朝から、岩井千恵子先生がお礼のお届けに出てまいりまして、原家が御信心をいただくようになって今日で丁度、まあ30年。兄がない命を助けて頂いた、今日は、まあ言うなら記念の日でございますと言うお礼のお届けがあった。先程もまたそのお母さんが、今日はしょういちろうが命を頂いて30年。今日元気でおかげ頂いておる事をまあお礼を申しておられましたが。
 ほんとに、もうそれこそ親戚中がお葬式の準備をして、まあ皆集まられた。丁度、椛目の時代ですから、この今晩のこのお祭りを終って、私はそこで総代さん方と四・五人でお話をしておるところへ、まあ原のお父さんが、それこそ夏の事ですから、ランニングシャツ一枚で、もうそれこそ息せっきるようにしてお願いに見えました。ね。親先生、しょういちろうが、もうしまえよります。もう半分死んどります。もう半分は諦めとります。どうぞ先生本当の事を教えて下さいと言うて、まあ真剣なお願いでした。
 そして私が申しました。ね。半分は死んでおる。半分なら諦めとるならあんたもうしまえとるじゃんのっち。そんな事言わずに私が今からお願いをするからあんた方は家へ帰って、裏の、裏が広い畑になってますから、裏の畑に、それこそどん座って天地に縋りなさい。天地に願いなさい。と言うて。まああの時分は、まあ私も大変こう、厳しかったと言うか。喧しかったですからね。まあそんなふうに申しまして。それこそ一晩中天地に縋るというような信心。それからおかげを、不思議に不思議におかげを頂いて、まあ不思議な事の連続でしたが。おかげを頂いて、今の洋服屋さんを続けておられるのです。
 ね。そういう信心から、ならもちろん今日まで有り難い信心が続いておられる、いわゆる娘さんは教師としてお取立てを頂いて、ここで今ただ今修行中と。というように信心がだんだん頂いておる。これがその本人のしょういちろうさんが昨日、一昨日でしたか、ここへ出て参りましてから。今朝方から、神様のお知らせじゃろうと思うようなお夢を頂きましたと。どういうお夢でしたか。炊飯器でご飯を炊いております。ところが米が多すぎてご飯が出来そこのうとるっちゅうお知らせじゃった。
 ね。例えば、一升炊きに、なら一升五合の米を、言うならば、ご飯を炊こうとすると、それこそ出来そこなうこと当たり前のこと。ね。だから、しょういちろうさんもあんたばっかりは今日もお生かしを頂いておると言うもうお礼だけでよかよと。もう芯からこの事のお礼を申し上げなさいよと。家内と帰って話しなさい。ね。もうとにかく、俺達はお礼だけ申し上げときゃよか。ね。やはり、お商売をしておりますれば出来るだけ繁盛のおかげを頂きたい。一万円の売上より二万円の売上がええとか誰でもそうですけれども。そういう願いをするならば、ね、願いをするだけのひとつ信心をどうぞ一万円の売上が二万円の売上になりますようにと願うならば、その二万円の売上がおかげが頂けれる、受けものを作らせて下さい。願っちゃならんじゃない。願わにゃならん、願っても良いけれども、ただ信心はそのままであって、言うなら高望み的な願いをしたんじゃいつもご飯はグジグジご飯で出来そこのうておいしくなく、いわゆるご飯お知らせはままになるとお知らせますから、そのままになりようが悪い。ね。
 ホッコラーっとしたご飯でままになるおかげを頂く為には、まず御礼だ。願うならば願うだけのおかげの頂けれる受けものも力も与えて下さい。修行もいたします。氏子信心しておかげを受けてくれよと神様が言われる。なら信心してという事は、お願いしてとおっしゃってないんですよ。お願いしておかげを受けてくれとおっしゃってない。ね。信心しておかげを受けてくれよである。ね。だから、おかげの受けものを作ってくれよということなんですよ。やはり。ね。だからどういう願いでも良いけれども、為にはどんな修行でも、例えば痛い、いとみません。今日、北野の福島さんのお導きで何とかと言う、あの近所の親戚の、もう75になられるというおばあさんが今日は参って見えて。
 とにかく、なに不自由ない家庭ではあるけれども、とにかく家の内がじいさんが80になられる。そのおじいさんが朝から晩まで、もう嫁御を捕まえてやかましか息子を捕まえて、もう私はまあ、いくら言われてももう慣れとりますけれども。家族の者がおじいさんからガンガンやられたんじゃたまらん。もうそれこそ死んだほうがましというような時もある。そしたら嫁御が今朝から申します。家にひょっとすると何かお障りか何かあるかんしれんばのっち思うばばしゃん。あそこの福島さんが参りよんなさる合楽の金光様にいっぺんお尋ねに行ってみたらどうじゃろうかと。嫁が申しますから今日はお参りをして来たと言うのです。
 ね。で今日は、お月並祭ですから沢山お参りがあっておりました。ですから、神様は皆も者にも聞かせるつもりでしょう。まあここで一生懸命長い長いお話を頂きましてうち、75にもなられるけれども非常に理解力がある。わかんなさる。そのわかんなさるとが、私がお話をしとってこう響いてくる。ね。始めてお話を頂きながらね。ね。そして、最近私がここで言っておる、もう言うなら合楽の最近の御理解を、まあ形を変えてお話さして頂いたらわかんなさる。ね。
 最近、私が神様から頂いておる中にですね、過去数千年、言うならばいろんな宗教がございます。今も大宗教として残っておる。けれどもこれはね、やはり宗教である限り、けして悪い事は教えないけれども、ね、やはり和の道を説くけれども、和道十善ではない。金光教の信心、特に合楽で説かれる合楽理念は和道十善だ。ね。今日はあの、行橋の堀内りょうたろう君が、その神様にお知らせを頂いた。それに、和道十善の道は、そこに書いとったが、末広がりの教導と頂いたっちゅう。
 そうやろ。まだ中学、今小学校の六年生ぐらい。神様にいろいろとお知らせを頂くんですね。合楽で説かれておるお話は、もう必ず末広がりになって行かなければ嘘なんです。頂いて行けれる道なんです。ね。いつも申しますけれども、充分分かっておられるだろうけれど、そういう絶対の信心をお互い頂いておるというところを根拠にしてのぶんでないとね信心が弱いです。ね。金光様でおかげ頂かん時は、何何様もあると言ったような事ではね。そこでなら、最近神様があの、お知らせ下さる中にです。ね。過去の宗教というものは、もう言うならば、亡霊、亡魂だとおっしゃる。私は今日はその事をおばあさんにね、それはね、まあ仏様とかお内裏様とかおふどう様なんかよう拝まれるところに尋ねて行くわけです。お稲荷様とかね。
 例えばね、何何様の祟りがあると言ったような事を言うて人心を惑わすような事を言うのはもうすでに亡魂にね、そのとりつかれておるようなもんです。必ず、そのような事になるといつもその亡魂がとりついて離れない。どうかあるとお尋ねに行く。そうすると、どうだこうだといろいろ言われる。いわゆる亡魂がとりついとる。私はその事を話しましたらそのおばあさんが、ああそうでしょうねっち言うてから分かられましたです。私は感心しました。
 そして、私が言う嘘にでも良いから喜びなさい。ね。嘘にでも喜ばしてもらいよると、嘘から出た真と言うてその喜びがだんだんほんとのものになってくる。この方の道は喜びで開けた道じゃから、もう喜びでは苦労はさせんという道なんです。その喜びの道を言うならば、あらゆる角度から説いてあるのが合楽理念である。ね。今日の朝の御理解は88節でした。ね。娘がお嫁に行く時に親が鏡を持たしてやると。ね。というのは、自分の顔を奇麗にするばかりではない。辛い苦しい思いをする時に鏡を立ててというあの御理解です。
 ね。だから私が今朝からその御理解に対してです、とにかく娘がお嫁に行く時に、何が一番素晴らしいと言うても、信心の言うならば教えを、ね、嫁入り道具の第一として持って行かせなければいけないという話をして、昨日、13・4年ぶりにお参りをして来た方の話をさせて頂いた。昨日私が、まだここへ出ていない時に、上野先生がお取次ぎをさせて頂いた。どっか山辺のほんな山の中の一軒家のようなところに嫁られた。十何年前に、ある教会の総代さんの娘さんである。
 子が出来たばっかりの時分ですから、もう13・4年になるでしょう。私も忘れてしまっておった。そしてその縁談の事をお尋ねさせて頂いたら、こちらの親先生からお書き下げを頂いた。御神米に。ね。砂漠を行くようなもの。と御神米に書いてあった。だから、大変、けわしい、寂しい、苦しい思いをするかもしれんけれども、砂漠には必ず言わばオアシスがあるから、オアシス楽しみにといったような御理解をした事を私はまた改めて思いださして頂いた。ほんにそんな人があったと思うて。
 その方が、昨日は親子子供さんにも何人も恵まれてお礼に出て来ておる。上野先生がお取次ぎさせて頂いておる、上野先生に対して言われておることが、もうほんとにこちらの親先生が言われるように、砂漠の道を歩くようなものでございました。ね。けれどもいつの場合でも、辛抱していきよるとオアシスがある。もうその事だけを頼りにして今日までおかげを頂いてまいりましたらこんなに沢山な子供達にも恵まれて、山の中ですから、山を切り開いて、ずーっとそれこそ広い広い果樹園を作られた。
 そして今日ではもう、それこそ、大変な見事な果樹園を経営させて頂いておるというて、まあ御礼に出て見えられたと言うのでございます。教えが十何年か生き続いておる。ね。いくら参り、日参りお参りしもです、教えは、言うなら耳が肥えてもです、耳が肥えておるだけでそれを貫かなければ、実行しなければね、おかげにはならんです。ね。お取次ぎを頂いてお願いをする。おかげを頂いたかのように見えてもそれはほんとのおかげじゃないです。
 ね。教えがほんとに言うならば、身を持ってそれを行じさして頂く時にです、ね、今日の御理解じゃないけれども、それこそ、ね、鏡変わりに教えを頂いた、あんたの行くては、それこそ砂漠の道を歩くようなもんだけれども、辛抱しなさい。必ずオアシスがある。だから言うならば、オアシスを楽しみにね、辛い、苦しい思いをする時にでも、教えを鏡に立てて、今日までおかげを頂いてまいりましたら、今日ではそういう大きなおかげを頂いておるとこう言うのです。
 ですからね、確かにおかげを受けるです。ね。それをなら、合楽ではお徳を受けると申します。ただなら、その教えによって、ああここが辛抱のしどころであろう。ね。オアシスを楽しみに。それこそ血の涙の出るような思いをしながら、その道を歩いておるならばやっぱそれは茨の道である。辛抱しましたおかげでオアシスに到達いたしましても、それはおかげの道であって、お徳の道ではない。合楽理念はそこんところを、お徳にこう変えて行けれる手立てを説くですね。
 今朝からの、ご祈念の後に、吉井の波多野さんが、親先生最近始めて、その親先生が言われる信心が、楽しいもので愉快なものであるというような実感が日々続いておると言う。ああ、おかげを受けたな。信心っちゃ、とても誰でん出来ん。もうとても信心のと言うけれども、信心なもう、有り難うして楽しゅうして、しかもそれが時には愉快にさえなって行けれると言うところにね。言うならお徳を頂いて行く道があるのです。ね。ただ、これを辛抱していきよれば、オアシスにいつかはくる。合楽の先生がああ言うておられるからと言うて辛抱し抜いて、なら今日のおかげを頂いて、広がりに広がるおかげを頂いても、ならそれがお徳になるとは思われない。
 その道すがらをです、言うならば、ここでは一切神愛とこういうわけ。神愛としてお礼の言えれる心の状態にならなきゃ楽しいも、有り難いもない。ね。苦しいけれども、というのである。ね。だからそのへんの手立てをね、私どもが頂いて、それこそ実験して、実証してまいりますと、ね、確かにそれが、有り難い。また事実、それがわかるです。ね。先だって、先だってじゃない。昨日、一昨日でしたね、もうなんか前にあったような感じがするけど。昨日、一昨日が夏の祈願祭でした。 まあ、大変なご参拝
                           (途中切れ)

(B面 途中からの為、いつの御理解かわからない。確認が必要)
 ね。余る光と頂く。すがわらみちざねこうが、時の帝から頂いておられた、あの、着物をね押し頂かれて、それこそあの、余香を拝すと言う、あの何か詞がありましょう。あれは、余香、余った香と言うんですね。私が頂いたのは余った光と言うのです。確かにその日の私は、まあ後片付けがすんでしもうて夜のご祈念に入らせて頂いて、お礼を申させて頂いておったら、その昼のお祭りの余韻というか、有り難い余韻というものがまだ残っていて、その余光がね、を感じるようなおかげを頂いております。
 ね。そして、もう以前は、大祭と言えばもう非常に人間心を使うて、他所の教会から沢山な先生方が見える。他所の総代さん方が見える。もう総代さん達までに人間心を使うて、まあいろいろと心をまあくだいたり、くばらして頂いたりしたんですけど。ね。最近の私はもうそういう事は全然考えなくなった。もうただ自分の心がいつも平生であって、喜びいっぱいにあって。でその心でお祭りを仕えるというのですから。その事もお礼申させて頂いておりましたら、遥かなるという事を頂きました。
 ね。三十数年前、私の話を聞いて助かるようになった。大坪さん大坪さんが、大坪先生大坪先生と言うようになった。あの椛目の狭いお広前にいつもいっぱいのまあ、お話を頂きに来る人達が多くなってきた。まあそうしたら、隣接の教会あたりから、もう様々な中傷を受けました。または悪口を言われました。もう面と向かって私はある時に、あんまりひどい事を言われるので神様にね、どうしたことだろうかと。思うて、神様にお願いをさして頂いておりましたら、小さい鯖か鯵くらいのこのくらいばっかりの魚を猫が爪で、こう引っかいては引っ張り、こっち引っ張りしとるところを頂いた。
 そして、御理解にね、お前の信心がまだ、鯖かこのくらいなものだから、ね、猫が爪を立てるのだよと。お前が大きくなれ。正月に下げる、あの大きなあの鰤のように。ブリブリとしたおかげを頂くようになると、その猫も下からこうやって見上げるばっかりだと。何かそんなものを今度のお祭りに感じましたですね。もう、言うならば、遥かなるものになってしまった。ね。心、人間心を使わんですむ。しかもなら、御大祭の後までもです、その余韻が残り、昨日はまた、お祭りにお参りが出来なかったという人達にやって、そして今日なんか月並祭には、こうしてまあいっぱいのお参りがあっておると。これが今の合楽のごひれいなんです。
 ね。それをなら、私はここ30年間の私の信心がです、いつかはおかげ頂くだろう。いつかはおかげ頂くだろう。と例えばそんなら、オアシスを目当てにただ、苦しいけれどもではなくて、今日波多野さんじゃないけれども、信心が楽しゅうして、有り難うして。ね。言うならばそれが、愉快になってくるような日々であるから、今日の私の信心は保たれておるのです。ですから、合楽で御信心を頂くならばです、ただ苦しいところを通り抜けさせてもらう。というのではなくてね、その苦しいと思っている事その事じたいがね、言うならば、合楽理念で言う実験実証の出来るチャンスを頂いておるんだと思わにゃできんです。
 はあ、こんな苦しい事の中から早く逃れたい。ではなくてこの苦しい事があるから実験実証ができるんだと。として本気で受け物作りの、言うなら合楽理念に元ずく信心生活が出来るのである。ただ、親先生の一言が十三年間、私の生活を支えてくださった。ね。どんな苦しい時であっても、まあそれこそ血の涙がこぼれるような時もあった。砂漠の旅をしておるように、それこそまあ山の中のことですから、寂しゅうて寂しゅうてという事もあったろう。ね。けれども言うなら、親先生が言われた。ね。必ずこうしていきよりゃあオアシスがあるというふうにして、一生懸命働かせて頂いておりましたら、まあオアシスに到達した。言うなら、そのオアシスにいつまでもおるわけにいきません。
 また旅立たなければなません。また次のオアシスまでまた、同じ苦しい苦しいではどうでしょうか。ね。そういう苦しい時になら、今日のあの北野の田舎の方から参って来たおばあさんじゃないですけれども、ね、その苦しい事が何様かに祟られたんじゃなかろうかといったような信心で終るとするなら悲しい事です。またその都度、お取次ぎを頂いておかげを頂いたと言うだけではおしいです。その事がお徳の元、力の元。いわゆる養素拝山です。
 ね。自分の心を養う元としてそれをいただかしてもらう。それも頂く手立てが合楽理念には説かれてある。今日の88節の中に、家を治めると言う、ね、辛い顔やら、悲しい顔やらを人に見せず、家を治めて行けという。あそこのところを頂いた時に、合楽に今言われる、黙って治めるという御理解を頂いたんです。治めるという字は、さんずい編にム口と書いてある。その事から御理解を頂いたのが今、今日皆さんが実験実証しておられ黙って治めることの素晴らしさ。
 黙って治める、治める、治めていくものがもう、何ともいえん味わいの中に治まっていく。ね。そういう言うならば、体験を頂いて行ったら。例え、よしまた乱れても、色んな事があってもです、ね、それを信心の言うならば、おかげの受けもの作りとして、または実験実証を頂けるチャンスとしておかげ頂いて行くと言う事が楽しゅうなるという事じゃないでしょうか。ね。有り難くなるという事じゃないでしょうか。しかもそれには、天地のリズムが伴うてくる。それこそ愉快にすらなって行けれる。
 どういう苦しい時にでも、心ににっこり笑えるようなね。言うなら信心の喜びを感じる事が出来る。今度の、皆さん。夏の祈願祭を頂かれて、どうでしょうか、信心が一回り大きくなったでしょうか。今度の祈願祭は、ね、この前の月並祭にも皆さんに聞いて頂いたように、祈願祭ですから、とにかく願いのお祭りですから。小倉の初代、桂松平先生が九州中にひれいを願われた。それには目的があった。御本部の御造営という目的があって九州中に、ね、産業の上にも農業の上にも商業の上にも一大ひれいを願われた。願うというてもその焦点にね、絶対のもの、間違えのないものがなかならければ駄目だと思うね。
 お役に立ちたいの一念があって、どうぞおかげをいただかしてください。それもならおかげ頂かせて下さいだけじゃいかん。そういうおかげを頂く為には、んなら、言うならばどんな修行もいとみませんといったようなね。しかもその修行という事そのものをです、なら楽しゅう有り難う頂けれる手立てが私、合楽理念だと思うです。ね。しかも、んなら、この前の月並祭に申しましたように、ね、今度の祈願祭には今までの願っておった事よりもう一回り大きな祈りが出来るような。というふうに申しましたが。一回り大きな願いが出来るようになったでしょうか。
 そういう願いを立てておられる人の家には、もう、もうさっそくおかげの印が見え始めました。ね。今まで十万円の売上しか無かったのが、12万、13万というように、こう言うなら売上も大きくなってきた。ね。一回り大きくなるということは、おかげもまた大きくなると言う事。だから、一回り大きな願いをしようというのじゃなくて、ね、信心がね、内容がそこへ伴わなければならんのです。ね。それが、実感としてです。ね。私一家のことばかり願っておったのが、まず、隣りの事を願える私にならなければならんということです。
 一軒おいて、向こう側のは願われるばってん、隣りのもんの事は願うごとなかっちゅう人がありますもんね。それがやっぱあげな、酒屋の争いやらでです、もう隣りの奴ばっかりはもう、隣りの奴が黒立てるとこっちは腹立つちゅうごた。向こう(   )は願われるばってん。それは実感のない願いです。まず隣りの事が願えれるということが、私は実感だと思うです。ね。というようにですね、それが、村中に広がって行くというようなですね、信心を願わしてもらう。ね。おかげの受けものが日々だんだん充実して大きくなってくる。
 大きくなってくると、いわゆる、ね、おかげも勿論大きくなってくる。それには、原さんの例を申しましたけれどもね。とにかくもう、お礼を申上げる他ないよと。ね。そのお礼を申上げる他はない。それでもやはり、願わずにはおれないということ。その願わずにはおれないという願いは、言うならば一回り大きくなった願いであり、ね、内容のある願いであり、ね、言うなら修行の伴うた願いでなかならければならんということになりますですね。
 だんだん、ね、やはり日勝り、月勝りのおかげを頂いて行くためには、信心が育たなければならない。十年シーツのごとくただ、ね、オアシスだけを目当て、それでもおかげ頂くんです。広がりに広がるというおかげは。ね。けれどもね、いつどこで、言うならば間違うてくるかわからない。おかげは。ね。教えが言うならば、支えておるというかね。教えによって私どもの内容が変わってこなければならん。ね。そういう願いを持たしてもらう。ね。和道十善は、末広がりの教導だと。合楽ではその、末広がりの教導を、言わばさせて頂いておるわけでございます。
 そこで、んなら、和道十善とはという内容をしっかりわからなきゃいけんのです。ね。最近なら、私が申しております、ね、言うならば、世界に和賀心時代を広げて行こうという。もうこう素晴らしい事だから、とんとん拍子に広がって行きそうにもあるのですけれども、そこには、何なん宗、何なん教の大きなそれこそ、化け物のような亡魂がウロウロしておる。そういうのと戦うていくというのじゃなくて、そういう、そういう言うなら、亡霊、亡魂というものをですね、ありゃ、観月って言うですかね。勧化していくという。言うならばあの、導いて行く。
 言うなら、成仏させて行くという働きをしていかんならんから、なかなか簡単にはいかんということがわかりますよね。私ども周辺にも、まだその亡霊、亡魂がね邪魔をしておる。私どもの行くてを狭くしたり。ね。日柄が良いの、方角がどうの。ね。何なにさんが祟ってござっとじゃないやろうかと言ったような観念をです、はもう、すでに過去の宗教の言うならば観念が残っておると言うことは、その亡魂にもうむしまばれておると言うてもいいわけです。その辺のとこの信心をすっきりして、そして、その和道十善と言われる、言うならば完璧の信心をね、私どもが生活の上にいよいよ頂いて、ね、しかもその信心は限りなく広がって行く。または、深められていく内容を頂きながら信心の稽古をさして頂きたい。
 今日は大盛りいっぱいあの、なすのお供えがあっておりますよね。ナスのお知らせは安心と言われる。ね。その安心を頂く為には、どうしてもあの、いがを超えなければなりません。ね。イガイガがある。そのイガイガの先に紫の言うなら、ナスが実っておる。イガを越えてなるのです。ね。私ども日々そういう安心おかげを頂いて、信心が楽しゅうなり、愉快になる。ね。で心に日々安らぎのおかげを、どんな場合でも頂かせて頂けれる信心をいよいよ身に付けて行きたいと思う。どうぞ。           (ゆきこ)